1983.5.30(広島①)

投稿者: | 2025年3月7日

(母より)

一郎ちゃん

 毎々お電話をありがとうございます。

 元気な声を聞いては安心しています。いろゝ御苦労もあること、察しますが、一郎ちゃんらしく頑張って下さい。私も元気で働いていますから、どうぞ心配しないでネ。

 本日(三十日)お葉書の文面の本、テープ、カメラ等お送り致しました。浦木のおっちゃんが手伝ってくれはりまして、フットワークの運送にたくしました。二、三日かゝるとの事ですが、お受取り下さい。

 「波動進化せる世界文明」の本が見当たらなくて、ゆっくりさがして 又 お送りします。お送りした中で間違っていたのがありましたら、お許し下さい。

 住民異動届、再発行してもらへませんので、念の為落とさないでネ(サラ金に使われたら大変ですからフ、、)

 今、夜のヒットスタジオで聖子ちゃんと薬師丸ひろ子を見ています。

 では、お躰お大切に御地での生活を楽しいものにして下さい。

           五月三十日 夜       母より

(返信)

お母さんへ

  一郎です。お手紙ありがとうございました。

  お母さんからは、長年にわたってたくさんの手紙やハガキをいただきました。荷物に同梱されていたメモ類も合わせれば全部で70通を超えます。こちらからは、荷物を送ってほしいというような連絡をする以外はほとんど返信もせず、大変申し訳ありませんでした。寂しい思いをさせたと思います。

  ただ、お母さんからもらった手紙類は、ずっと取ってありました。別にどうこうしようという思いはなかったのですが、捨てることもできずずっと持っていました。何年か前に心理学のセミナーを勉強しているときに、母親の手紙を残してあるといった話を同じ受講生の人にしたところ、今からでも返事を書いたらどうかという話をされました。

  その時は特段そうしようとは思わなかったのですが、私も昨年の7月で65歳となり、サラリーマン生活にも一区切りつきました。今年の6月までは一年間嘱託のような形で週に何日か出社していますが、それでも以前に比べれば時間は十分にあります。それで、少しずつ返事を書こうと思った次第です。

  就職してから40年以上が経ちました。サラリーマン生活を振り返りながら、返信していきます。

 さて、頂いた手紙は広島の寮にいた時のものですね。昭和58年(1983年)4月に就職して、ひと月ほど東京で研修を受けた後広島に着任しました。初めて親元を離れ会社の寮に入った後に、家に置いてきた荷物の送付をお願いしました。これはお母さんから荷物を送ってもらった時に同時にいただいた手紙ですね。送ってもらった荷物の中に私が依頼したハガキも同梱されていたので(それも取ってありました)、何を依頼したのかもわかりました。寮の狭い部屋にこんなに本を送ってもらっても置く場所もなかったろうに、どうしたんだろうかと思ってしまいます。今となってはどこに置いたのかもわかりません。その他にも2通、荷物を送ってほしいとの依頼の手紙、ハガキが出てきました。

 「波動進化する世界文明」(村山節著)は、私の手元にありますので後ほど送ってもらったのでしょう。ありがとうございました。手元にあるといっても、本のままではなく、パソコンの中に入っています。今は本をパソコンの中に取り込めるのですよ。便利になりました。

 松田聖子や薬師丸ひろ子は今でも好きです。ときどき携帯電話に入れてある歌を聴いています。1983年頃には、まだ手の中で持ち運べる電話など無かったので、今とは大違いです。大学生の頃にレンタルレコード屋で松田聖子のレコードを借りて、歌詞をカードに一生懸命書き写していたことを覚えています。

 広島で働き始めましたが、大勢の人と働くのは初めての経験だったし、引っ込み思案の緊張しいだし、結構生真面目なので、疲れてました。まぁ、仕事しているときはずっと疲れてましたけど(笑)。それでも何とかやってました。広島も住みやすかったですよ。サラリーマン生活では、想像以上に数多く転勤しあちこちに住みましたが、どこも住めば都でした。

 広島の寮は二人部屋で、部屋の扉を開けるとそれぞれのベッドが部屋の両側にあり、ベッドの先に小さな括り付けの机がありました。ベッドとベッドの間が通路ですが、通路の幅は1メートルも無かったように思います。通路の間に小型のテレビが置いてあります。これは同室者の人のテレビです。やはり先に入居した方に権利があるのです。ここで1年くらい暮らしましたが、途中で同居者が変わりました。今度は私に権利が来たわけですが、私はテレビは買いませんでした。

 広島には1年の勤務でしたが、段々と変な風に慣れてしまい、最後の方はダレてしまいました。来たころとは全然違うと、当時の営業課長にえらく怒られた覚えがあります。

 では、今日はこのあたりで終わります。

               2025年3月7日 

                 一郎

 

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